
話し合えない関係に、心がすり減っていく
こんにちは。カウンセラーの池内です。
カウンセリングでは、恋愛や夫婦といった親密な関係におけるご相談を多くお受けします。
その中でもよくあるのが、「相手が傷つきやすくて話し合いがうまくできない」「すぐに傷ついてしまうため、自分の気持ちを伝えることができない」といった、コミュニケーションに関するお悩みです。
こうした状況が続くと、日常の中で相手を傷つけないよう常に気を配り、言葉を慎重に選び、相手の機嫌を気にかけることが習慣になっていきます。
その積み重ねの中で、いつの間にか相手を優先することが当たり前になり、自分の気持ちやニーズを後回しにするようになっていきます。
そうなると、パートナーとの関係の中で本来満たされるはずの自分自身の精神的なニーズが満たされなくなり、次第に疲れやストレスを感じやすくなります。
さらに、精神的な面だけでなく、自分の楽しみや仕事、やりたいと思っていることまでもが後回しになってしまうと、日々の生活自体が満たされなくなってしまいます。
やがて、「自分ばかりが我慢している」と感じるようになり、相手に対して疲れや戸惑いを覚えたり、以前のように思いやりや愛情を感じられなくなってしまうこともあります。
幸せなはずなのに苦しい:見えにくい生きづらさ
こうした悩みを抱えている方の中には、客観的に見れば恵まれていて、生活にも特に不満はなく、周囲からは「幸せそう」と思われている方も少なくありません。
自分自身でも「私は幸せなはず」と思おうとする一方で、日常的に不安や虚しさ、惨めさを感じることが多く、その「認識」と「実感」のギャップにモヤモヤを抱え、生きづらさを感じている方もいらっしゃいます。
このような方々が悩みを誰かに相談したとしても、「それだけ恵まれているんだから、もう少し我慢して頑張ってみたら?」とか、「自分がもっと成長すれば、悩みは自然と解決する」といった言葉を受けることが多くあります。
すると、悩みや苦しさの原因がすべて自分の責任であるかのように感じられてしまい、新たなモヤモヤが積み重なってしまうこともあるのです。
私のところには、こうしたタイミングでご紹介を受けたり、自ら情報を探してホームページを見つけてカウンセリングにいらっしゃる方が一定数いらっしゃいます。
もしかしたら「男らしさ」・「女らしさ」が影響している?
「相手が傷つきやすくて、どう接したらいいかわからない」「自分自身が繊細で傷つきやすく、生きづらさを感じている」といったご相談の中には、その背景に、社会的に期待される「男らしさ」「女らしさ」といった性別規範が関係していることが少なくありません。
たとえば、「男なんだからもっとしっかりしなければ」「女性なんだから感情的になってはいけない」といった無意識の思い込みが、自分や相手に対して過剰な期待やプレッシャーとなり、傷つきやすさや自己否定感につながっている場合があります。
このような性別に基づく価値観は、子どもの頃から繰り返し刷り込まれてきたものであり、自分自身でもそれに気づいていないことがほとんどです。
そのため、「傷つきやすいのは自己肯定感が低いからではないか」と考え、相手や自分自身に「もっと自信を持つべき」「自己肯定感を高めてほしい」と求め、頑張っているケースも多く見られます。
しかし実際にカウンセリングでお話を伺っていくと、「どうやって自己肯定感を高めればいいのかわからない」「頑張っているのに、余計に苦しくなってしまった」といった声がよく聞かれます。
そして、カウンセリングを通して、社会的な性別の期待に知らず知らず縛られていることに気づき、その影響を見つめ直すことで、初めて自分らしいあり方や関係性の築き方が見えてくることもあります。
アンコンシャスバイアスとは
アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)とは、私たちが意識せずに抱いている先入観や思い込みのことを指します。
心理学の研究によれば、こうした偏見は幼少期からの経験や社会的な影響によって形成され、私たちの判断や行動に無意識のうちに影響を与えることが分かっています。
このバイアスの厄介な点は、当の本人がそれに気づきにくいということです。
そして、たとえ自分の中に偏見があると気づいたとしても、それを手放すことは簡単ではありません。
なぜなら、多くの場合、それは長年にわたって繰り返し体験され、身についた価値観や信念として根づいているからです。
その価値観を見直し、新しい視点を自分のものにしていくためには、日々の言動を少しずつ変えていく必要があります。
しかしその過程では、慣れ親しんだ考え方との間で葛藤が生じたり、不安や戸惑いを感じることも多くあります。
つまり、アンコンシャスバイアスを自覚し、向き合い、変化させていくことは、当事者にとって大きな挑戦であり、時に専門的なサポートが不可欠なプロセスとなるのです。
「男らしさ、女らしさ」が基準になっていると
多くの人は、自分の中に「男らしさ」や「女らしさ」に基づく価値観や基準を無意識に持っています。
これは幼い頃から社会の中で自然に身につけたものであり、ご本人にとっては「当たり前のもの」として疑うことが難しいものです。
そのため、自分の基準に沿っていない相手を見たとき、無意識のうちに「間違っている」と判断したり、批判的な態度を取ってしまうことがあります。
すると、相手の思いや体験に耳を傾ける余地がなくなり、一方的な関わり方や会話になってしまいます。
こうした一方的なやり取りは、相手から見ると「入り込む余地のない鉄壁の価値観」による関わりに感じられ、心理的な拒絶や傷つきの体験につながることもあります。
さらに、こうした価値観によって傷つくのは、相手だけとは限りません。
自分自身もまた、「男らしさ」「女らしさ」という基準に縛られ、それを満たせていないと感じたときに自らを否定的に評価してしまい、傷つくことがあるのです。
例えば、何気ない会話の中で相手にそのつもりがなくても、「自分は男らしくない」「女らしくない」といった自己評価が働き、相手に批判されたように感じてしまうケースもあります。
そのため、相手としてはまったくそんなつもりがなくても、突然戸惑わせるような反応が返ってくることもあるのです。
『男らしさ・女らしさ』と承認欲求の関係
自分の中に「男らしさ」や「女らしさ」といった価値観の基準があることに気づいていない場合、あるいはそれを自分の個性や人間性よりも優先してしまっている場合、承認欲求が強まる傾向が見られます。
たとえば、男性であれば女性から「男らしい」と認められること、女性であれば男性から「女らしい」と評価されることが、自信の源になってしまうことがあります。
そうした外からの評価が得られないと、自分の存在価値に自信が持てず、不安や承認欲求が高まっていくのです。
このような状態では、相手のちょっとした言動にも過敏に反応し、誤解や衝突が生じやすくなります。
「相手が依存的だ」「承認欲求が強すぎる」といった相談を受けることもありますが、よくお話を伺うと、相談者自身が無意識に「男らしさ」や「女らしさ」の基準を相手に押しつけていることが背景にあることも少なくありません。
つまり、本人は「相手の個性や人間性を尊重しているつもり」でも、実際には社会的な性別の枠組みによって相手を評価し、関わっているケースがあるのです。
その結果として、相手は混乱し、どう振る舞えばよいのか分からなくなり、結果的に「依存的」「承認欲求が強い」と見えてしまっていることがあります。
また、自分が相手に認められようとして、相手の望む「男らしさ」や「女らしさ」に合わせようと頑張りすぎることで、心身ともに疲弊してしまい、自分が本当はどうしたいのか分からなくなってしまう――そんな苦しみを抱える方も多くいらっしゃいます。
『男らしさ・女らしさ』の違いが価値観の衝突に見える理由
男女関係や夫婦関係などで、相手のことを尊重しているつもりなのに、どうしても分かり合えない、話が噛み合わない──そんな場面の背景には、実は「男らしさ」「女らしさ」に対する基準の違いがあることがあります。
この基準は、出身地や育った文化、家庭環境などによって形成されるため、人それぞれ異なります。
「男とはこうあるべき」「女とはこうあるべき」といった考え方が、相手と自分とでズレている場合、たとえお互いに尊重の気持ちがあっても、それがうまく伝わらず、平行線の議論が続いてしまいます。
結果として、「価値観が合わない」「根本的に違う」といった結論に至り、関係を続けるべきかどうかという深刻な悩みになってしまうこともよくあります。
しかし、ここで大切なのは、「男らしさ」や「女らしさ」という考え方は、生まれつきの性差ではなく、社会や文化の中でつくられてきた“性別に関するイメージ”に過ぎないということです。
これは、人が本来持っている「どんな生き方を大切にしているか」「何に喜び、何に傷つくのか」といった、一人ひとりの価値観や人間性とは、まったく別のものです。
「男だから」「女だから」という前提で話し合いを進めてしまうと、無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)に基づいて、お互いを評価し合うことになってしまいます。
それはまるで、誰かが作り上げた“性別の基準”を証明するかのように、互いがその代弁者となって争っているような、対立の構図に陥ってしまいます。
そうなると、もともとお互いを思い合っていたはずの関係は見失われ、まったく別の次元の議論へとすり替わってしまうのです。
その結果、相手の考えや感情、体験に耳を傾けることが難しくなり、ただの「決めつけ合い」になってしまうのです。
このようなすれ違いが重なるうちに、対話そのものが痛みを伴うものとなり、安心して話せる関係ではなくなってしまうことも少なくありません。
『男らしさ・女らしさ』が生む見えない壁とその代償
「男らしさ」「女らしさ」という考え方は、社会的・文化的な性別意識から生まれた先入観です。
この基準が恋愛や夫婦関係において、相手の価値や人間性を判断するものになってしまうと、個性やその人らしさが否定され、尊重されない関係になってしまいます。
それによって相手は、「自分という人間を見てもらえていない」「理解されない」という深い孤独感や傷つきを抱くようになります。
こうした経験は、表面的には会話が成立していても、内面では強い距離感や疎外感を感じる、「見えない壁」となって関係に影を落とします。
また、「男らしさ」「女らしさ」の基準で相手を見ている側には、自分の関わりが相手を苦しめていることに気づけていないこともよくあります。
その苦しみは「相手が傷つきやすいから」と解釈されがちですが、実際には社会的な性別意識に基づいた関わり方が相手の生きづらさを引き起こしているのです。
特に恋愛や夫婦関係では、「男とはこうあるべき」「女ならこうするべき」といった無意識の期待が、率直なコミュニケーションを妨げ、フラストレーションを積み重ねる原因になります。
この状態が続くと、関係性の満足度は下がり、相互の信頼も失われていきます。
そしてこの構造が一方的に偏っていくと、やがてモラルハラスメント(モラハラ)やドメスティックバイオレンス(DV)といった深刻な問題へと発展することもあります。
性別を超えて人として向き合うために
相手のことを大切に思い、心から尊重しようとしているのに、なぜか関係がうまくいかない──そんなときは、自分の中に無意識に存在している「男らしさ」「女らしさ」の基準が影響していないかを見つめ直してみることが大切です。
「男だからこうあるべき」「女ならこう振る舞うべき」といった価値観や信念が、自分の中に根づいていないか。
その視点から相手を見てしまっていないか。
まずは自分自身の関わり方、言葉遣いに丁寧に意識を向けてみてください。
私たちはつい、「男性として」「女性として」相手を尊重しようとしてしまうことがあります。
しかしそれは、「男らしさ」や「女らしさ」という枠組みを尊重しているに過ぎないことが多々あります。
目の前の人は一人の人間です。
大切なのは、その人を一人の人間として見つめ、その人の個性や人間性に目を向けることです。
性別を超えた関係性の中でこそ、本当の理解や信頼が育まれていくのではないでしょうか。
アサーティブなコミュニケーションの大切さ
恋愛関係や夫婦関係、親子関係など、特に親密な間柄においては、日々の関わりの中で「人として」お互いを大切にする姿勢が求められます。
そのためには、優しさと尊敬を持って、正直な気持ちやニーズを伝え合うアサーティブなコミュニケーションを心がけることがとても大切です。
アサーティブなコミュニケーションとは、相手を尊重しつつも、自分の気持ちやニーズを率直に伝える方法です。
思いやりをもって相手の人間性を認め、自分の気持ちを押し殺すことなく、対等な立場で話し合う関わり方です。
お互いの立場や感情を尊重しながら、誠実に向き合うことが、その土台になります。
このような関係性の中では、「男らしさ」「女らしさ」といった枠組みによって傷ついた心や、疲れてしまった気持ちが、少しずつ癒されていくこともあります。
性別の役割ではなく、人としてのつながりを育むことが、回復と安心感のある関係を築いていく第一歩になります。
最後に
もしこのようなことで悩んでいると感じたときは、ひとりで抱え込まず、信頼できる誰かや専門のサポートを頼ることも、あなた自身を大切にする大事な選択肢のひとつになります。
私たちは皆、知らず知らずのうちに、社会の中で繰り返し刷り込まれてきた「こうあるべき」という価値観――つまりアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を抱えて生きています。
それは「男らしさ」「女らしさ」だけでなく、強さ、優しさ、弱さ、役割、責任といった、多くの場面で影響を及ぼします。
その偏見は、時に自分自身を苦しめたり、大切な相手との関係をこじらせてしまったりすることもあります。
そして厄介なことに、こうした偏見は無意識のうちに根づいているため、自分ひとりでは気づきにくく、気づいたとしてもどう扱えばいいのか戸惑ってしまうことも少なくありません。
だからこそ、安心して話ができる相手や、偏見に気づく視点を提供してくれる専門家の存在が、重要になってきます。
誰かと一緒に自分の心を見つめ直すことで、無意識に縛られていた思い込みに気づき、それを少しずつ手放していくことができます。
そうしたプロセスの先に、本当の自分らしさや、人としてのつながりのあたたかさが見えてくることがあります。
その一歩を踏み出すことは、人生に新たな意味と価値を見出していく一歩になると思います。
とも、あなた自身を大切にする大事な選択肢のひとつになります。
文責 池内秀行
2022.03.02公開,2025.07.03改訂バージョンアップ版公開
参考文献
- 平木典子(2012)『自分の気持ちをきちんと「伝える」技術 -人間関係がラクになる自己カウンセリングのすすめ』大和出版
- Science faculty’s subtle gender biases favor male students
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1211286109 - On the gender–science stereotypes held by scientists: explicit accord with gender-ratios, implicit accord with scientific identity
https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2015.00415/full - 内閣府男女共同参画局(2022)「性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」
https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/pdf/seibetsu_r04/02.pdf - World Economic Forum (2024). Global Gender Gap Report 2024.
https://www.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/
各種カウンセリングご案内
Wrote this articleこの記事を書いた人
プロカウンセラー池内秀行
個人・カップル・家族・友人同士など、幅広い人間関係やライフステージの悩みに対応する心理カウンセリング・セラピーを提供しています。人間関係の悩み、家庭内の悩み、恋愛・夫婦関係の改善、職場での悩み、自己理解や自己肯定感の向上、不安・抑うつ・トラウマの癒し、生きづらさの解消など、多様なテーマに寄り添います。クライアント一人ひとりの背景や課題に応じたオーダーメイドのカウンセリングを大切にし、安心してお話できる環境を整えています。初めての方でも不安なくご利用いただける丁寧なサポートを心がけています。オンラインカウンセリングで海外在住の方にも対応Zoomなどを用いたオンラインカウンセリングにも対応しており、海外在住の方、日本語での心理サポートを必要としている方にも多くご利用いただいています。時差や言語の壁に悩むことなく、安心してご相談いただけます。東京から全国・全世界へ対応可能です。お気軽にお問い合わせください。