
- 1. はじめに
- 2. 感情に優しく寄り添うために:一次感情・二次感情の理解とカウンセリング
- 3. その気持ちは悪くない:自然な感情との上手な付き合い方
- 4. その気持ちの奥にある、本当の感情に気づく
- 5. どうして気持ちは変わるの?感情とからだのつながり
- 6. 心と感情の波とうまくつきあう:森田療法の考え方から
- 7. 今にいきる心の知恵:森田正馬の“感情の法則”を現代語で
- 8. 感情の法則1|感情との付き合い方の基本:ただ気づき、観察する
- 9. 感情の法則2|その感情、どこから来るの?感情と欲求のつながり
- 10. 感情の法則3|慣れることと閉ざすことのちがい:繰り返しに慣れる感情と、感じないようにする心の守り方
- 11. 感情の法則4|感情にとらわれないために知っておきたいこと
- 12. 感情の法則5|経験が感情を育てる:自信と無力感のはざまで
- 13. 最後に ― 感情と共に歩むために
- 14. 参考図書
はじめに
自分の感情をうまくマネジメントできることは、古くから人間性や人としての成熟度合いを示す基準の一つとされてきました。
この価値観は、現在も社会的な評価基準として重要視されています。
感情的な言動や振る舞いは、自分自身だけでなく他者の人生にも影響を与えることがあり、それほど大きな力を持っています。
また、他者の感情をどのように受け止め、どのように関わっていくかは、家族や友人など身近な人々との関係や、仕事における人間関係において、円滑なコミュニケーションのために重要な要素とされています。
感情に優しく寄り添うために:一次感情・二次感情の理解とカウンセリング
心理学の分野では、感情にはさまざまな種類があると考えられています。
特に、臨床心理学やカウンセリングの実践的アプローチである感情中心療法(Emotion-Focused Therapy)や認知処理療法(CPT)などでは、感情を「人間として自然に湧き上がる感情(一次感情)」と、「その一次感情に対する反応や認知によって生じる感情(二次感情)」に分けて理解することがあります。
カウンセリングでは、クライエントが実際に体験している感情に寄り添い、それを受けとめ、理解しようとする姿勢が基本となります。
そのうえで、話を聴きながら、感情体験の背景にある出来事や思いを丁寧に確認し、一次感情と二次感情の両方に意識を向けながら、クライエントにとって意味のあるサポートを提供していきます。
その気持ちは悪くない:自然な感情との上手な付き合い方
一次感情とは、恐れ、怒り、悲しみ、喜び、驚き、嫌悪といった、進化の過程で備わった基本的な感情であり、私たちが状況に即座に反応するための、反射的・自動的かつ本能的な反応です。
これらの感情は、生存や社会的なつながりを維持するうえで重要な役割を担っており、人間なら誰もが共通して抱く、普遍的な感情体験とされています。
そして、一次感情には本来、「良い」「悪い」といった価値判断はなく、自分の内面や環境に対する、自然で健全な反応として生じるものです。
大切なのは、これらの感情を否定したり抑え込んだりすることではなく、どのように受けとめ、理解し、自分の状態やニーズに気づくための手がかりとして、上手に活かしていくことです。
その気持ちの奥にある、本当の感情に気づく
一次感情とは、恐れや怒り、悲しみ、喜び、驚き、嫌悪といった、状況に対して即座に生じる自然で本能的な反応です。
しかし、そのインパクトが強いほど、私たちはその感情にとどまり続けることが難しくなり、さらに別の感情が重なって現れることがあります。これが「二次感情」と呼ばれるものです。
たとえば、怒りの裏にある悲しみや、不安を感じた自分を責めることで生じる罪悪感などがその一例です。
また、喜びや嬉しさを感じた自分が恥ずかしくなり、それによって怒りや不安が生じる場合もあります。
このような二次感情は、一次感情に対する認知的な評価や意味づけの結果として生じると考えられています。
認知処理療法(CPT)などの心理療法では、こうした感情の背景にある認知(思考や信念)に注目し、それが現実とずれていたり、極端な思い込みに基づいている場合には、新たなストレスや苦痛を生む原因になるとされています。
また、トラウマ体験に基づいている場合には、過去の反応パターンが繰り返される要因となることもあります。
そのため、二次感情によって強い不快感や混乱が生じているときには、まずその背後にある認知を見直し、より現実的で柔軟な捉え方ができるようになることが大切です。
そして、二次感情の奥にある一次感情に気づくことで、自分が本当に求めているニーズにも目を向けられるようになります。
そのニーズを満たすために、具体的で現実的な行動をとることによって、より自分らしく、健やかな日常が築かれていきます。
どうして気持ちは変わるの?感情とからだのつながり
感情は、外からの刺激(環境や人間関係)や、身体の内側の状態に反応して生じる、生理的かつ心理的な現象です。
そのため、感情はいつも一定ではなく、私たちの身体感覚や自律神経の状態、物事の受けとめ方や意味づけ(認知)などの影響を受けて、日々変化していく性質を持っています。
たとえば、ストレスの多い状況では、私たちの神経系は「闘争・逃走反応(fight or flight)」として知られる防衛反応を起こします。
これは交感神経が活性化し、心拍数や呼吸が速くなったり、筋肉が緊張したりする反応で、恐怖や怒りといった強い一次感情と深く結びついています。
また、生命の危機が迫ったときには、「凍りつき反応(freeze)」と呼ばれる反応が生じることもあります。
これは身体を動かさず、感情や行動が一時的に止まってしまうもので、無力感や混乱、解離的な体験を伴うこともあります。
さらに、対人関係でストレスを感じたときには、「迎合反応(fawn)」と呼ばれる反応が生じることもあります。
これは、自分を守るために、他人に合わせすぎたり、自己主張を控えたりして、その場をやり過ごそうとするものです。
これらの生理的なストレス反応は、私たちの身を守るために本来備わっている自然な反応ですが、それが長く続いたり繰り返されたりすることで、感情の表現が抑えられたり、二次的な感情が生まれるきっかけになることもあります。
したがって、感情を理解するには、身体に生じる反応や、それを支えている神経のしくみに目を向けることも大切です。
このように、感情は外からの刺激だけでなく、身体の状態や過去の経験、そしてそれらをどう受けとめるかという「認知」の影響を受けながら、絶えず変化していく動的なプロセスです。
そのことに気づいていくことが、感情とうまく付き合っていくための、やさしい第一歩になります。
心と感情の波とうまくつきあう:森田療法の考え方から
感情は一定ではなく、環境や認知、生理的な状態などの影響によって、つねに変化し続けるものです。
森田療法の創始者である精神科医・森田正馬氏は、この「感情の事実」に着目し、著書『神経質の本態と療法』の中で「感情の法則」として言語化しました。
この「感情の法則」は、一次感情と二次感情の区別や、神経系におけるストレス反応といった後年の科学的知見とも多くの点で一致しており、現代においても他の臨床的アプローチと遜色のない、実践的な感情理解の視点といえます。
そのため、森田療法の感情観は、日常生活や対人関係において感情と向き合うための実践的な指針として、今もなお活用することができます。
今にいきる心の知恵:森田正馬の“感情の法則”を現代語で
森田正馬氏の「感情の法則」は、もともと文語体で書かれているため、ここでは私なりに現代の言葉に訳し、現在の心理学的な知見も踏まえてご紹介したいと思います。
この「感情の法則」は、自然に湧き上がる感情との健全な向き合い方だけでなく、認知の影響によって生まれる複雑な感情の理解や対処にも役立つ、実践的なヒントになります。
もし、少しでも「役立ちそうだな」と感じたら、無理のない範囲で、ご自身のペースで試してみてくださいね。
実践にあたっての留意点
「感情の法則」を参考にしてご自身の感情と向き合ってみても、思うようにうまくいかなかったり、しっくりこないと感じることがあるかもしれません。
とくに、不快な感情によるストレスが和らがないときは、無理に続けようとしないでください。
無理をすると、かえって苦しくなってしまうこともあります。
それでは本末転倒です。
何よりも大切なのは、自分自身にやさしく寄り添うことです。
うまくいかないと感じたときは、自分に合った別の方法を探したり、カウンセラーなど専門家の力を借りてみてください。
そうしたサポートを受けることもまた、感情と上手に付き合っていくための大切な一歩になります。
感情の法則1|感情との付き合い方の基本:ただ気づき、観察する
森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」122頁原文(文語):感情の法則 第一「感情はこれをそのままに放任し、もしくはその自然発動のままに従えば、その経過は山形の曲線をなし、一昇り一降りして、ついには消失するものである。」
口語訳:感情の法則1「感情は、そのまま放っておいたり、自然に湧き起こるままに任せておけば、山の形のようなカーブを描いて、少しずつ高まったあと、やがて下がり、最後には消えていくものである。」
「感情の法則1」に出てくる感情は、「自然にわき起こるまま(原文:自然発動)」と表現されており、一次感情を指していると理解することができます。
一次感情とは、物事に対して人間として自然に湧き起こってくる感情です。
こうした感情は、無理に抑え込もうとせず、湧き起こってくるままにしておくと、一時的には高まったとしても、やがて自然に落ち着き、最終的には消えていくものです。
一次感情との付き合い方 ― ただ気づき、見守る ―
一次感情との健全な付き合い方については、多くの臨床アプローチにおいて共通の考え方があります。
それは、感情があることを否定せず、素直に認めて受け入れるということです。
たとえば、「怒りを感じてはいけない」と思って抑えるのではなく、「今、怒りを感じているな」「今、悲しみがあるな」と気づき、認めてあげる。これが第一歩です。
もちろん、その受け止め方には療法ごとにさまざまな工夫がありますが、共通しているのは、それを安心・安全な環境や信頼できる関係性の中で行うということです。
こうした視点を踏まえて、「感情の法則1」は、現代のトラウマ臨床の知見と合わせて次のように加筆することもできると思います。
「感情は、安心・安全な環境や関係性の中で、そのままにしておけば、山のようなカーブを描いて、少しずつ高まり、やがて下がり、最後には消えていくものである。」
つらい気持ちのときに気をつけたいこと
「吐き出せば楽になる」の誤解
感情に関してよくある誤解のひとつに、「感情は吐き出せば楽になる」という考え方があります。
たとえば、悲しみの原因を繰り返し語る、怒りをぶつける、お酒を飲みながら気持ちをさらけ出すなどです。
こうした行為は、一時的にはすっきりしたように感じられることがありますが、実は感情を強めてしまうことも少なくありません。
感情が強まるメカニズム
心理学的には、これは「感情の再体験」や「反すう思考」として説明されます。
つまり、感情的な出来事を何度も思い返したり語ったりすることで、その感情が再び脳内で活性化し、記憶と強く結びつくのです。
特に、怒りや悲しみなどの強い感情は、繰り返すことで扁桃体(感情の中枢)が刺激され、ストレス反応が強まることが知られています。
感情が体に与える影響
このような感情の強まりは、身体面にも影響を及ぼします。
心拍数の上昇、筋肉の緊張などの生理的ストレス反応が強くなり、神経系に負荷をかけることになります。
「暴露療法」との違い
一方で、感情に向き合う臨床的な手法には「暴露療法」と呼ばれるものもあります。
このアプローチは、感情をただ繰り返し体験するのではなく、安心・安全な環境のもとで段階的に感情に触れ、心のケアを行なっていきます。
したがって、単に感情を吐き出させているわけではないので、「感情を吐き出す」ことで楽になるという考え方とは本質的に異なります。
自然な流れにまかせる大切さ
「感情の法則1」は、こうした現代の心理学的知見とも一致しており、感情が湧き起こったときには、それを無理に抑えたり吐き出したりせず、自然な流れに任せることの大切さを伝えているのだと思います。
トラウマ体験に由来する感情との付き合い方
感情の法則1がそのまま通用しないとき
トラウマ反応をともなう強い感情体験の場合、「感情の法則1」はそのまま当てはまらないことがあります。
感情をそのまま感じようとすると、「癒し」にはつながらず、かえって苦痛を再体験し、状態が悪化してしまうことも少なくありません。
感情よりも身体へのケアを優先する
このような場合には、感情を無理に感じることよりも、まず身体的なストレス反応をやわらげることが大切です。
たとえば、呼吸法やグラウンディング(「今・ここ」に意識を戻す方法)、手足をブラブラと振るなど、身体にたまった緊張やエネルギーを放出するような動きを取り入れることが有効です。
一人で抱え込まないことが大切です
特に、トラウマに由来する感情体験は、自分ひとりで対処しようとせず、カウンセラーなど専門家の支援を受けることがとても大切です。
安心・安全な環境と関係性のなかで、感情の背景にある記憶や意味を、適切なペースで取り組んでいくことがトラウマケアの基本です。
それが「急がば回れ」であり、結果としてもっとも確かな癒しと回復への道となります。
感情の法則2|その感情、どこから来るの?感情と欲求のつながり
森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」124頁原文(文語):感情の法則 第二「感情はその衝動を満足すれば、頓挫し消失するものである。」
口語訳:感情の法則2「感情は、その衝動の元になっている欲求が満たされると、勢いをなくし、やがて消えていくものです。」
森田正馬は感情の法則2について、「たとえば飢えた時、食を摂ればその苦痛はさるように、あるいは『結婚は恋愛の終結なり』とかいわれているようなものである(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」124頁)」と記しています。
この説明から、感情の法則2における「感情」とは、マズローの欲求5段階説に代表されるような、さまざまな欲求に基づいて生じる感情を指していると理解できます。
【マズローの欲求5段階】
- 生理的欲求
生命維持に不可欠な基本的欲求
例:食事、睡眠、排泄、呼吸、水分補給など - 安全の欲求
心身の安全や生活の安定を求める欲求
例:身体的な危険からの保護、経済的な安定、健康な生活環境、安心して暮らせる住居、雇用の安定など。 - 社会的欲求
他者とのつながりや所属を求める欲求
例:家族、友人、恋人との良好な関係、組織やコミュニティへの所属、愛情を求めたり与えたりすることなど。 - 承認欲求
自尊心や他者からの評価を求める欲求
例:他者からの評価、名声、地位などを求めること。自信、自尊心、達成感、独立性を求めること。 - 自己実現の欲求
自分の潜在能力を発揮し、自己を高めたいという欲求
例:創造的な活動、自己成長、理想の追求、潜在能力の開花など。
感情と欲求・必要性の関係
欲求については、一般的に「欲求が強い」「欲求がない」といった言い方がよく使われます。
しかし、感情の観点から見ると、感情には行動を促す働きだけでなく、逆に行動を抑制する働きもあることがわかります。
この観点から欲求を捉えると、そこには「欲求」だけでなく、それを必要とする「必要性」も含まれています。
そして、この必要性の大きさによって「衝動」の強さが変わってくることが理解できます。
ここで、「必要性」と「欲求」は似て非なるものです。
必要性とは、生存や安全、社会的つながりといった根本的なニーズを指します。
一方、欲求とはそれに基づく個人の願望や希望を意味します。
この違いを意識することで、自分の感情の背景に何があるのかをより明確に把握することができるようになります。
同じ欲求でも、ある人は今すぐ満たす必要を感じていないため穏やかに対応できますが、別の人は必要性が高いため、非常に積極的に行動します。
たとえば、目の前に水があるとき、喉が渇いていない人は一口飲めば満足するかもしれません。
しかし、強い渇きを感じている人は一口では満足できず、水をすべて飲み干してようやく満足します。
また、社会的な欲求の例として、職場での昇進を望むケースが挙げられます。
昇進を「希望」として持つ人がいる一方で、それを「今すぐに必要なもの」と感じる人は、より強い衝動に突き動かされることになります。
このように考えると、「衝動」とは「必要性(need)」と「欲求(wish, desire)」の両方を含んだものと捉えることができます。
つまり、感情の背景にある「欲求とその必要性」が満たされることで、感情は自然とおさまっていくのです。
感情との付き合い方:発散からマネジメントへ
したがって、自分の必要性・欲求から生じてくる感情は、ただ発散するだけでは満たされることはありません。
感情を発散するだけでは一時的な解消にとどまり、その後に虚しさを感じたり、発散の過程で周囲に迷惑をかけたり、必要性や欲求を感じること自体がストレスとなって自己嫌悪に陥ることもあります。
また、必要性や欲求にすぐに気づけないことも多々あります。
このような現実を踏まえると、感情の法則2の本質は、感情の背景にある「必要性」と「欲求」の両方に気づき、それらを適切な方法とプロセスで満たすことの重要性を示していると理解できます。
適切な満たし方とその影響
日常生活において、必要性が高まると、人は自覚のないまま衝動的にそれを満たそうとする傾向があります。
しかし、その手段やプロセスによっては、他者に迷惑をかけたり、犠牲を強いたり、搾取するような行動につながることもあります。
その結果、たとえ一時的に満足しても、新たな問題を生み出したり、大切なものを失ってしまうこともあります。
マインドフルネスによる気づきの力
感情の発散ではなく、自分の必要性・欲求に気づいて、自分の衝動をマネジメントしていくための助けになる方法として、マインドフルネスが役立ちます。
瞑想では(瞑想にもいろいろありますが)、基本的にマインドフルネスで自分の身体感覚や感情・思考などに気づいて、それをただ観察していきます。
自分の必要性・欲求に気づいたら、それもまたただ観察していく。
観察していくなかで、さまざまな欲求や必要性に気づき、それをただ見つめ続けることで、高まった衝動が落ち着いていき、生理学的な身体の緊張も緩んでいくことがあります。
このようにマインドフルネスによって気づきを深め、瞑想を日常に取り入れることは、自分の必要性や欲求を客観的に見つめる力を養うのに役立ちます。
その結果、自分が本当にそれを必要としているのか、あるいは外からの影響や刺激に反応して欲しがっているだけなのかを見極める助けになります。
そして、それが本当に自分にとって満足をもたらすものなのか、今この瞬間に必要なものなのかを見極めたうえで、そこに意識的にエネルギーや時間を注ぐことができるようになれば、自分にとっての「本当の満足」を得ることができるようになっていきます。
マインドフルネスの科学的研究も積み重なっており、マインドフルネスは前頭前野の機能を活性化させ、感情(衝動)コントロールの機能を向上させることが示されています。
トラウマ体験が感情に与える影響
感情の法則2においても、トラウマ体験の影響を受けた感情の場合には注意が必要です。
トラウマに関連する刺激(いわゆるトリガー)があると、安全・安心といった基本的欲求の必要性が反射的に高まり、それに対する防衛反応として、強い感情体験が生じることがあります。
トラウマ体験の影響によって引き起こされる強い感情は、最初から一人でマインドフルネスによって客観的に観察するのが難しいことも少なくありません。
人によってはマインドフルネスでフラッシュバックや解離が起こることもあります。
そのような場合には、無理をせず、専門家であるカウンセラーの支援を受けることが有効です。
繰り返しになりますが、安全な環境の中で、感情的な苦痛の背景にあるものを丁寧に見極めながら取り組んでいくことが、「急がば回れ」であり、結果としてもっとも確実で早い道になることも多いのです。
感情の法則3|慣れることと閉ざすことのちがい:繰り返しに慣れる感情と、感じないようにする心の守り方
森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」124頁原文(文語):感情の法則 第三「感情は同一の感覚に慣れるにしたがって、鈍くなり不感となるものである。」
口語訳:感情の法則3「感情は、繰り返し同じ刺激を受けることで慣れてしまい、次第にその刺激に対して感じなくなっていくものです。」
森田正馬は感情の法則3について、「たとえば寒さ暑さも、慣れるにしたがって意に介さなくなるように、あるいは児童が、つねに叱責されることにより、ついにはその叱責の言も、馬耳東風となるようなものである(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」124頁)」と記しています。
馴化とは何か ― 感情の鈍化のメカニズム
前半の「寒暖への慣れ」は、心理学における学習現象「馴化(じゅんか)」として理解できます。
馴化とは、危険ではない、あるいは重要ではない特定の刺激が繰り返し与えられることで、その刺激への反応が徐々に弱まっていく現象です。
これは、生物が環境に適応し、重要な情報に集中するための基本的な仕組みであり、日常生活でも広く見られます。
馴化の具体例
- 引っ越し直後は車の音や隣人の話し声が気になっても、次第に気にならなくなる(騒音への慣れ)。
- 新しい服の感触にすぐ気づくが、時間が経つと意識しなくなる(衣服への慣れ)。
- 自分の香水の香りを感じにくくなる(嗅覚の馴化)。
- 毎朝同じ目覚ましの音に反応しなくなる(音への慣れ)。
馴化と似た概念の違い
馴化と混同されやすい現象には以下があります:
- 脱感作:恐怖や不安に対し、意図的に段階的な刺激を与え、慣れさせていく心理療法的手法。
- 順応:感覚器が持続的な刺激にさらされることで、感度が変化する現象(例:暗闇に目が慣れる、熱い湯に慣れる)。順応は感覚器の生理的変化、馴化は脳の学習による行動的変化です。
馴化の意義とその限界
馴化は、生物が変化する環境に適応し、情報を効率的に処理するための重要な機能です。
常にすべての刺激に反応していては、情報過多になり、重要なものとそうでないものの区別ができません。
馴化によって、生物は予測可能で無害な刺激への反応を減らすことで、新たな情報や潜在的な脅威に注意を向ける余裕を生み出します。
馴化は、すべての刺激に反応していては処理が追いつかないという現実の中で、情報の取捨選択を可能にする重要な働きです。
「叱責に慣れる」現象の再検討
森田が挙げた「叱責に慣れる」例は、単なる馴化だけではなく、以下のような反応である可能性もあります:
- 馴化:叱責が「危険ではない」「重要ではない」と本人が認識し、「いつものこと」として気にならなくなった状態。
- 順応:叱責は不快だが、それによる実害がないために、刺激への感度が変化して慣れた状態。
- 防衛反応(凍りつき・解離):恐怖や不安から身を守るために感情や感覚を遮断しており、「感じなくなった」のではなく「感じないようにしている」状態。この場合、叱責に対して無力感や絶望感があり、反撃もできない状況で、防衛反応としての凍りつき(フリーズ)が起こり、解離が生じている可能性があります。これは馴化ではなく、心を守るための防衛反応(トラウマ反応)です。
特に防衛反応の場合、「感じなくなった」のではなく「感じないようにしている」「感じられなくなっている」ので、生活全般や人間関係に影響を及ぼしていることがあります。
感情の法則3を現代的に捉える視点
森田正馬が『神経質の本態及び療法』を発表した1922年当時(約100年前)、トラウマや神経科学に関する知見は現在ほど体系化されてはいませんでした。
したがって、感情の法則3は「慣れる」という側面だけでなく、それ以外の可能性――特に心の防衛反応や心理的負荷の影響も含めて、多角的に理解する必要があります。
感情が鈍化するときの見極めポイント
その刺激が「危険ではない」「その人にとって重要ではない」ものであれば、馴化による自然な鈍化の可能性があります。
しかし、刺激が危機的である、あるいは重大な意味を持つ場合、感情の法則3はそのまま適用するのではなく、他の可能性を検討することが、心の安全と回復につながります。
感情の法則4|感情にとらわれないために知っておきたいこと
森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁原文(文語):感情の法則 第四「感情はその刺激が継続して起こるときと、注意をこれに集注するときにますます強くなるものである。」
口語訳:感情の法則4「感情は、その刺激が続いたり、それに意識を向け続けたりすると、どんどん強くなっていくものです。」
森田正馬は感情の法則4について、「従来、感情はそれを表出するにしたがって強くなるといわれているのも、この条件によるものである。たとえば喧嘩がしだいに激烈になるのは、忿怒(ふんぬ・心の底から湧き上がる激しい怒り)の刺激が継続して加わるためである。もしはじめのうちの一言を注意することができたならば、喧嘩に至らないで終わっていたであろう。(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁)」と記しています。
感情が強くなる2つの要因
この法則からわかる重要なポイントは、感情が強まる背景には2つの要素があるということです。
1.感情の刺激が続くこと
怒りや悲しみなどの感情は、その原因となる刺激が継続すると、自然と強くなっていきます。
たとえば、喧嘩の最中に相手から否定的な言葉を浴び続けたり、過去の辛い体験を思い出し続けることで、感情がエスカレートしていきます。
2.その感情に意識を集中し続けること
感情の原因やその感情そのものに意識を向け続けると、感情はさらに強まります。
たとえば、不安なときに「なぜ不安なんだろう」と考え続けていると、不安はますます強くなっていきます。
悲しみ、怒り、恥ずかしさなど、他の感情も同様です。
「反すう思考」とは?
こうした現象は心理学では「反すう思考」と呼ばれます。
これは、ネガティブな出来事や感情、将来の不安などについて、受動的に何度も繰り返し考えてしまう思考パターンのことです。
反すう思考は、問題解決や建設的な行動につながる思考とは異なり、ただ同じことをぐるぐる考え続けて問題の解決につながらないという特徴があります。
反すう思考の2つのタイプ
反すう思考には、大きく分けて2つのタイプにわけることができます。
① 怒りや復讐心を繰り返す思考
過去の不公平な扱い、他者からの批判、あるいは自分が受けた侮辱などについて繰り返し考えて、怒りや復讐心が強まるパターンです。
② 抑うつ的な感情を繰り返す思考
悲しみ、絶望感、無力感といった抑うつ的な感情に関連する思考を繰り返すパターンです。自分の失敗、欠点、解決できない問題などを繰り返し考えて、無力感や絶望感が強まるパターンです。
抜け出すための工夫
反すう思考に気づいたときには、意識的に気分転換を試みることが有効です。
- 軽い運動
- 趣味に没頭する
- 気の置けない友人と過ごす
また、自分の思考を紙に書き出すライティングもおすすめです。
思考を可視化することで、自分を客観的に見る助けになり、思考のループに気づきやすくなります。
専門家への相談も視野に
反すう思考は、特に大事なことがうまくいかないときや、気持ちが追い込まれているときに多くの人が経験します。
多くは時間とともに収まっていきますが、思考のループが習慣化して、日常や人間関係に影響を与えるようになっている場合は、無理に一人で抱え込まず、カウンセラーなど専門家に相談することをおすすめします。
また、背景に過去のつらい経験やトラウマがある場合、その影響で特定の思考パターンが繰り返されていることもあります。こうした場合も、専門的なサポートを受けることで、回復への糸口を見つけることができます。
感情の法則5|経験が感情を育てる:自信と無力感のはざまで
森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁原文(文語):感情の法則 第五「感情は新しい経験によって体得し、その反復によってますますその情を養成するものである。」
口語訳:感情の法則5「感情は、新しい経験を通して身についていき、同じような経験を繰り返すことで、どんどんその感情が育っていくものなんです。」
森田正馬はこの第五法則の「新しい経験を通して身についていき」について、「たとえば飲食することによって、はじめてその味わいを知り、実行によって、はじめてその趣味を解することができるようになものである(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁)」と記しています。
そして、「同じような経験を繰り返すことで、どんどんその感情が育っていく」について、「われわれが努力と成功との経験を反復することによって、はじめて勇気と自信を養成するのは、努力によって苦痛に慣れるとともに、一方で成功による快楽を体得するからである(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁ー126頁)。」
「それと反対に、努力、失策、不成功を反復、経験することによって、その人がますます怯懦(きょうだ・気が弱くて臆病なこと、または勇気がなくて決断や行動をためらうこと)、卑屈になるのは、その努力、失策、不成功による不快の情を忘れることができないからである(森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」125頁ー126頁)」と記しています。
感情は経験から育つ
森田の感情の法則5は、現代心理学における「自己効力感」や「学習性無力感」と関係していると理解できます。
そして、人が怯懦、卑屈になる体験は、自己否定感、無力感のことを指していると理解することができます。
たとえば、「自分はできる」「やればできる」といった前向きな自己感覚(自己効力感)は、成功体験を通じて少しずつ育まれるものです。
反対に、「どうせ自分には無理だ」「何をしてもダメだ」といった否定的な感情(無力感・自己否定感)も、過去の失敗体験やつらい経験の積み重ねによって形成されていきます。
ここで大切な心理学的な理解は、「自分はできるという感覚」や「自分には能力がない価値がないといった自己否定感」はいずれも、生まれながらに備わっているものではなく、経験を通した学習によって獲得されるということです。
感情の土台を見直す
感情の法則5は、感情の基礎には「経験の質」と「その繰り返し」があることを示しています。
つまり、私たちは意識的に新しい経験を取り入れることで、感情の方向性や強さを変化させることができる、感情のパターンを変えていくことができることを示しています。
したがって、私たちは自分の感情の状態に気づいたとき、それがどのような経験の蓄積によって形作られてきたのかを振り返って見つめ直し、必要であれば新しい経験を意識的に取り入れることで、より健全で建設的な感情のパターンを育てていくことができるのです。
自己効力感を育むには
健全な自己効力感は、自分一人で努力するだけでなく、他者からの支援や協力を得ながら「出来る」「出来た」経験を積み重ねていくなかで育っていきます。
支えてくれる人、協力してくれる人がいることで、努力や挑戦が少しずつ「できた!」という実感へとつながり、それが自信となって積み重なって自己効力感が育まれていきます。
無力感から抜け出すために
学習性無力感も、同様に他者の支援や小さな成功体験の積み重ねによって自己効力感が育まれていくなかで、無力感や自己否定感が癒やされて、新たな健全な感覚が育まれて解消されていきます。
もし無力感や自己否定感が日常生活や人間関係にまで影響を及ぼしていると感じる場合は、一人で抱え込まず、カウンセラーなどの専門家に相談することをおすすめします。
最後に ― 感情と共に歩むために
感情とは、自分の気持ちを感じるだけでなく、行動や体の反応も含めて、状況にすばやく反応する心と体のはたらきです。
かつては、「意識」や「気持ち」といった心の側面に注目することが主流でした。
しかし近年では、脳の働きや身体の反応も含めた、「意識」「行動反応」「生理反応」の3つの要素から感情が成り立っているという、より幅広い視点での理解が重視されるようになっています。
つまり、感情を理解し、うまく付き合うためには、「考え方」だけではなく、「行動」や「身体の反応」にも目を向けることが大切なのです。
そして、この感情との付き合いは、一人で身につけるものではありません。
他者との関わりの中で初めて育まれることも多くあります。
私たちは誰しも、感情に揺さぶられる瞬間を経験します。
思い通りにいかず、立ち止まり、悩むこともあるでしょう。
そんなとき、自分を責めるのではなく、「こんなふうに感じるのには、何か理由があるかもしれない」と、程よい距離感をみつけて、一呼吸おいて観察してみることで、大切なことに気づけるようになります。
感情との付き合い方を学ぶということは、より良い人生の土台を整えることにもなります。
自分の感情を理解し、適切に対処する力は、日々の暮らしや人間関係、人生のさまざまな局面で、確かな支えとなるでしょう。
そしてその道のりは、決して一人で歩む必要はありません。
支えてくれる人と共に、自分らしい感情の取り扱い方を育んでいく。
それはとても価値ある歩みになり、その積み重ねは、きっとあなたの人生をより豊かにし、ウェルビーイングを高めてくれるでしょう。
2025.07.02公開
文責 プロカウンセラー池内秀行
参考図書
- 森田正馬(2004)「新版 神経質の本態と療法」白揚社
- A.H.マズロー(1987)「改訂新版 人間性の心理学」産業能率大学出版部
- 実森正子他(2019)「学習の心理 第2版」サイエンス社
- 無藤隆他(2018)「新版 心理学」有斐閣
- レスリー・S・グリーンバーグ他(2006)「感情に働きかける面接技法」誠信書房
- レスリー・S・グリーンバーグ他(2013)「エモーション・フォーカスト・セラピー入門」金剛出版
- 伊藤正哉他(2012)「こころを癒すノート」創元社
- P・A・リーシック他(2019)「トラウマへの認知処理療法」創元社
- 日本感情心理学会(2019)「感情心理学ハンドブック」北大路書房
- 中島義明他(1999)「心理学辞典」有斐閣
- Susan Nolen-Hoeksema他「ヒルガードの心理学第16版」金剛出版
- Mindfulness and emotion regulation—an fMRI study
https://academic.oup.com/scan/article/9/6/776/1665213?login=false - Mindfulness and Emotion Regulation: Insights from Neurobiological, Psychological, and Clinical Studies
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5337506/ - The Effect of Mindfulness-based Programs on Cognitive Function in Adults: A Systematic Review and Meta-analysis
https://link.springer.com/article/10.1007/s11065-021-09519-y
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プロカウンセラー池内秀行
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