
2025/03/03公開・2025/03/04一部改訂 文責 カウンセラー池内秀行
はじめに
こんにちは。カウンセラーの池内秀行です。
身近な人がショックな出来事を体験した、それが、その人にとってトラウマ体験になっていたことを知ったとき、どのように接すればよいのか、戸惑うことはありませんか?
家族や友人、同僚など、大切な人が、いつもと違って辛そうで苦しそうにしていることがわかると、声をかけて関わっていく人たちもいれば、どんな声をかけ、何をしてあげればよいのか、どう関わればよいのか、戸惑い、一定の距離を取ってしまう人たちもいます。
なかには、
「時間が解決するから大丈夫」
「そこまで傷つくことじゃないのに、本人が弱いから強くなるしかない」
「辛そうで大変そうだけど、本人にも落ち度があって責任があるから仕方がない」など、
仕方がないという関わりや、あたかも何もなかったかのように接したり、本人の責任もあると考え、気にせず前を向いて頑張るよう励ます人もいます。
また、トラウマに関する情報が増えてきたことで、「トラウマだから早く病院に行った方がよい」と言ってすぐに病人扱いする人たちもいます。
21世紀に入る頃、『これからは心の時代』と言われ、社会では心のケア、心理的な健康へ意識が向いていきました。
いじめ、DV問題、虐待問題、性加害問題、犯罪被害、東日本大震災等の自然災害など、トラウマへの配慮と支援が求められる課題についての啓発活動や取り組みも進んできました。
そして、インターネットが必要不可欠な世界となり、トラウマに関する情報や知識、当事者の体験、トラウマをテーマにした文化的な作品や考えなどがインターネットでも広く発信されるようになり、「トラウマ」という言葉が日常生活に定着してきたと言えるでしょう。
しかし、全ての人にトラウマに関する情報や知識が行き届いているわけではなく、言葉を知っていても、その理解や捉え方は人それぞれ異なります。
また、私の知る限り、身近な人が、トラウマ体験をすることについて想像できず、現実感を持てない人も一定数いらっしゃるのも実情です。
突然体験する、誰も望んでいなかったショック体験・トラウマ体験。
なかには、ある程度の予想はして、気をつけたり、事前に対策を講じ、大丈夫だと思っていたにもかかわらず、想定外で避けることが出来なかったショック体験・トラウマ体験もあります。
身近な人がこうしたショック体験やトラウマ体験をしたことを知ると、多くの人が当然のこととしてショックを受け、事実や事情の全体像を把握する前に、様々なことが思い巡り、何をどのようにしたらよいのかわからず、腹が立ったり、戸惑うものです。
また、本人にも責任があると、傷ついた本人を最初から責める人もいるのも実情です。
実際のところ、ショック体験・トラウマ体験をしたご本人との関係が近ければ近いほど、冷静に対応することは容易ではありません。
それは、身近な人たちや関係する周囲の人たちも、その時のコンディションや状況、情報量、物事の認識の仕方、当事者との関係性など、様々な要因が重なって、出来事の受け止め方や当事者との関わり方が異なるからです。
したがって、最初に知った時の、それぞれの反応や言動について、一概にその良し悪しは、はっきり区別できるものでもありません。
日頃から知識を得ていたり、勉強やトレーニングをしていたとしても、身近にいる大切な人の危機体験を知ると、それは、身近な人にとっても危機になるので、冷静でいられる人は多くないというのが、カウンセラーとしてだけではなく、一人の人間としても生活の中で実感することです。
ショック体験・トラウマ体験をしたご本人だけではなく、本人を知る身近な人たちや関係する周囲の人たちの、こうした反応も、知ることによってショックを受けるので、人として自然な反応です。
*例外:何か他の目的で自分の利益のために当事者を利用することを意図して関わる人たちや意図的に心無い関わり方をする人たち(ガスライティング等)は別です。こうした人たちの反応や関わりは、最初から当事者を利用しようとする意図をもっているので、自然な反応ではありません。
いずれも、当事者はもちろん、身近な人たち、周囲の人たちも、最初から思うように関われなかったりすることは、相手を思う気持ちがあっても、どうしようもなく仕方がないことです。
事後でもいいので、トラウマについて基本的なことを理解し、日常生活で無理なくできることを知り、それを実践していくことが、当事者はもちろん、その周囲の人たちにとっても助けになり役立ちます。
トラウマを理解した関わりが必要
寄り添いたい、支えたい、関わりたいと思っている人たちへ
これまで、多くのトラウマ体験をした当事者の回復のための努力と周囲の人たちの支える実践、トラウマに関する専門的な実践と研究の積み重ねによって、周囲の理解と関わり方が、ショック体験やトラウマ体験をした当事者が日常を取り戻していくプロセスと、その立ち直りに大きな影響を与えることが分かってきています。
また、当事者自身もトラウマを理解することで、自分自身のトラウマの理解と回復に役立ちます。
この内容は、家族や友人、職場の同僚など、トラウマを経験した人を支える立場の人に向けて、日常生活で実践できる、役立つ関わり方や心構えについて情報を提供するものです。
トラウマについて基本的なことを知り、役立つ関わり方を知り、無理のないよう、できることを実践していくことが、当事者の回復を支えていくことを知っていただきたいと思います。
そして、一緒に日常生活を過ごす、支える側の人たちも、人間として感じるストレスや現実的な関わりで生じる負担、行き違い等によるストレスを軽減していくことも分かってきています。
関わりたいと思わない人たちへ
また、一方で、人には言いにくいけど、自分自身はショック体験・トラウマ体験をした人と関わりたいとは思えない人もいると思います。それでも、最低限のことは知っておいて、周囲の人たちに、心無い人間とか冷たい人間と思われないようにしたいと思っている人たちにも役立つ内容になっています。
寄り添いたい、支えたい、サポートしていきたいと思っている人たちはもちろん、関わりたくないと思っている人たちも、特別なスキルがなくても、トラウマに関するベーシックな理解と社会人として身につけている基本的な礼儀作法を踏まえた関わり方で支えになることができます。
傷つけた側の人たちへ
* なお、この内容は、傷つけた側、ショック体験やトラウマ体験をさせた側の当事者、いわゆる加害者に向けたものではありません。
傷つけた側が、傷つけた後にどのように関わり、継続的に相手を傷つけないようにしていくのか。
そして、傷つけた相手との関係を修復していくためには、寄り添うのではなく、傷つけた相手に対して、人としての責任はもちろん、その言動や態様、生じた結果によっては倫理的・法的責任が生じるため、それを踏まえた加害当事者としての配慮と関わり方が必要になります。
それは、今までとは違う考え方や物事の認識の仕方、状況に応じたコミュニケーションスキルなど、起こしたこと、傷つけた相手に対する言動に応じて、新たに身につけるべきことがいくつもあります。
また、傷つけられた当事者の立場からは、傷つけられた相手と二度と関わりたくないと思うのも珍しいことではありません。この場合、傷つけた側は、その思いを受け取り、どのようにしていくのか考え行動していくことになります。
こうしたことを、日常生活で学び実践しながら身につけ、それが定着していくなかで、新たな健全な関係性が育まれ、相手が心から安心・安全を感じられるようになり、もう大丈夫と思えるようになるまで、継続的な努力が必要になります。
実際、このプロセスは、どんなダメージを相手に与えたのか、相手との関係性により、人それぞれ異なりますが、何度もフラストレーションを感じ投げ出したくなるし、いくら努力しても相手に認めてもらえず報われないと感じる経験を何度も積み重ねるなど、出来事と個別の要因に応じた努力と継続していく心の力が求められます。
こうした積み重ねによる移り変わりを確認しながら、その積み重ねの先に、どんな世界と、どんな自分がまっているのか、それは辿り着いてみるまでわからない道です。
傷つけた相手と、どのように接していけば良いか悩んでいる方は、自らの言動によって、傷ついた相手がどのような体験をし、その後、どのような影響を与えていくのかを知るために読んでいただければと思います。
どのように関わればよいのか、何をどうすればよいかについては、どうぞ加害者のカウンセリングを行っているカウンセラーをみつけてカウンセリングを受けてください。私も、傷つけた側の当事者のカウンセリングも提供しています。
傷つけた側の当事者にしか出来ないことや、傷つけた当事者が行わなければ意味をなさないことがあります。
傷つけた側は、自分の何がそうさせたのかを知り学ぶ必要があります。
それは、多くの場合、一人で反省するだけで届くものではありません。そのプロセスに同行できる、適切で健全なサポートを提供できる立場の人からサポートを得ることが大切であり必要です。
トラウマとは?
トラウマとは、危機的な強いショック(身体的・感情的インパクト)を受ける出来事を体験して、心身がショック状態になり、一定期間経過しても、そのショック状態が解消されず、脳と心と身体にその影響が残っている状態を指します。
生理学的な心身のショック状態は、日常生活の中で体験するストレス反応とは異なり、直ぐに解消されず、解消のためにある程度のプロセスと期間を必要とする強度のトラウマティックストレス反応が生じた状態となります。
トラウマとは、トラウマティックストレス反応による心身のショック状態が一定期間経過しても解消されず、長期に渡り交感神経系や副交感神経系への影響が残ったり、海馬や扁桃核に器質的な変化が生じて前頭前野の機能が低下した状態になることです。
残った生理学的影響は、心理的な体験にも影響を与えるので、トラウマの影響で、トラウマ体験前と後で性格や感性、行動パターンなどが変わると理解されています。
しかし、生理学的影響が残ったとしても脳には可塑性があります。
脳の可塑性とは、脳が経験や環境の変化に適応し、神経回路を変化させる能力のことです。
トラウマは、危機後の環境体験によって、脳が次の危機のために警戒体制を維持するための適応という理解もできます。
したがって、後述する慢性期にトラウマが残っても、その後、安全・安心を感じられる人間関係や環境、社会的関わりを体験できる環境を意識的に選びながら、そこに身をおくことや、その人に応じた学習や生活、ライフスタイルの工夫、カウンセリングや治療等を通して、安全・安心を実感していくことで、脳の可塑性により、人それぞれプロセスは異なりますが、人生を積み重ねながら、日常生活の中でトラウマから回復していくことが可能です。
トラウマの理解で大切なこと
トラウマの理解で大切なことは、「一定期間経過してもトラウマティックストレス反応の影響によるダメージが残っている状態がトラウマ」であるということです。
一方、「一定期間経過して、トラウマティックストレス反応によるダメージの影響が解消されると、トラウマ体験はしたけど、トラウマにならなくてすんだね」ということなのです。
カウンセラーとしての私見では、この理解はとても大切です。
トラウマ体験をした直後から、ご本人が自分のトラウマティックストレス反応による状態を適切に理解して、その影響を低減していくケアフルな過ごし方をしていく。
そして、身近な周囲の人たちのトラウマの理解と役立つ関わりがある。
両方が相まって、受けたダメージがトラウマになることを防げる可能が高くなっていくということです。
また、トラウマになっていても、トラウマを理解して軽減していく術を日常生活に取り入れて取り組んでいくことで、トラウマからの回復・トラウマの治療は可能であるということです。
これまで、トラウマの理解について、カウンセリングの場面や、トラウマに関する知識が必要になる内容の企業研修を提供しながら実感してきたことがあります。
それは、ある程度、トラウマの知識をもっている方でも、
(1)「トラウマによるトラウマ反応(医学的診断基準に該当する症状)」と
(2)「危機的状況における心身を守るための生物としての正常な反応としてのトラウマ反応(身を守るための防衛反応であり症状と言わない)」
について、時間の経過によって区別されるという情報が不足していることです。
この違いが理解されていないと、トラウマ体験をした直後の当事者に生じるトラウマ反応による不調は全て病気の症状と思ってしまい、すぐにご本人を病人扱いしてしまうことになります。
想像してみてほしいのです。
目の前の人をショックを受けている人なんだと認識して関わることと、病気なんだと認識して関わることの違いを。
声のかけかたも、対応方法も、提案することも変わるのではないでしょうか?
本来、人間は生物として、危機的な出来事に対処する能力を持ち合わせています。
どんな事柄や出来事でも大きなダメージを受ける体験をすると、それ相応の反応と状態になります。
そして、自ら必要なことを行い、ダメージを受けた状態から日常の状態に回復していこうとします。
この回復の過程で、自分一人で出来ていたことが難しくなったり、知らないことがあれば悩みますし、必要とする事の中には他者の協力やサポートが必要なことも出てきます。
その時、心ある協力やサポートがあれば主体性を失うことなく回復していきます。
しかし、すぐに病人として認識されたり、協力や助けを求めると力がない者と見做されたり、起こった出来事はあなたにも責任があると一方的に責められる等すると、周囲の人のそうした認識と判断に基づく関わりそのものが心理的にマイナスの影響を与えることが多く、本人の主体的性と回復力の発露を妨げてしまうことが多々あります。
トラウマ体験も同じで、強い衝撃を受けた直後の状態から、それぞれのペースでダメージから回復していくものなので、直ちに病気になるわけではありません。
かといって、すぐにカウンセリングや病院に行かなくて良いということを伝えたいわけではありません。
ご本人もそうですし、身近な人も一般的にアクセスできる情報や知識は、一般化されたものが多いので、早い段階でカウンセリングや病院に行き、ご本人がどのような状態なのかを踏まえて、本人と身近な人たちが理解しておくこと、日常で役立つことを確認したり教えてもらうと、それが安心感につながっていきます。
こうした安心感を感じられるつながりが多いことも回復のプロセスに役立ちます。
ショック体験とトラウマ体験の違い
ショック体験とは、事故や災害、突然の別れなど、強い衝撃を受ける出来事を指します。
一方、トラウマ体験とは、ショック体験の中でも、「もうこのまま自分は死んでしまう」「どうすることもできない」という生命を脅かす強い恐怖や無力感を伴う出来事を体験することを指します。
日常的には、ショック体験と生命の危機はなくても日常生活の中で心が傷つく体験も含めて「トラウマ」という表現が使われています。
実は、専門的にも「トラウマ=心の傷」とい点は一致していますが、トラウマ体験の定義と概念は完全一致していないのが現状です。専門家の間でも、医療、心理、福祉など、その領域によってトラウマ体験として認識される範囲が異なるのが実情です。
専門的には、医師がPTSDの診断基準に用いるトラウマ体験の定義があります。
一般的なトラウマの説明で必ず出てくるのが、診断基準のトラウマ体験の定義です。
しかし、他領域のトラウマ概念も含めて、一般の日常生活で認識されているトラウマ体験の概念は、その範囲が広がります。
そこで、この記事を読む方は、専門家ではない人たちを想定していますので、専門的なトラウマの定義や概念ではなく、一般的に使われているトラウマの概念を前提として進めていきたいと思います。
理由は2つあります。
一つは「心が傷つく体験、ショック体験、トラウマになる体験をしたけど、トラウマにならなくてよかった」とお互い言えるような日常的な関わり方があることを知ってもらいたいこと。
2つめは「既にトラウマを抱えている人」がいれば、少しでも回復につながる、出来る範囲の関わり方があることを知ってもらいたいことです。
この記事は、その人が体験した出来事がトラウマ体験にあたるかどうか、その人の不調がトラウマなのかどうかを評価したり診断すること、特定することが目的ではありません。
ショック体験、トラウマ体験、いずれも当事者にとって強い衝撃を受ける体験をして、その影響を受けて不調状態になっている人、トラウマを抱えていてトラウマ反応で生きづらさや辛い思い等をしている「心が傷ついた状態」の人と、周囲の人がどのように関わることができるのか、ということについて役立つ情報を提供することが目的です。
したがって、ここでは「トラウマ体験=その人にとって心が傷つく体験・ショック体験・トラウマ体験」として進めていきます。
なお、以下は、専門的な視点でのトラウマ体験の定義と概念です。興味がある方は読んで頂き、そうでない方は読まずに、次に読み進んで頂いてもOKです。
⚫︎専門的な視点でのトラウマについて
医学診断に用いられるトラウマ体験の定義としては、「実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への曝露(DSM-5TR)」があります。DSM-5-TRの心的外傷性ストレス症(F43.10)のトラウマ体験の定義は次の通りです。
(6歳超における心的外傷後ストレス症)
・成人、青年,6歳を超える児童について適用される基準
A、実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:
(1)心的外傷的出来事を直接体験する。
(2)他人に起こった出来事を直に目撃する。
(3)近親者または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にする。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
(4)心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に暴露される体験をする(例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し露される警官)
注:基準A(4)は、仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。
・・・B以下、中略・・・
(6歳かそれ以下の児童の心的外傷後ストレス症)
6歳以下の子どもの心的外傷後ストレス障害
A、6歳以下の児童における、実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:
(1)心的外傷的出来事を直接体験する。
(2)他人、特に養育者に起こった出来事を直に目撃する。
(3)親または養育者に起こった心的外傷的出来事を耳にする。
・・・B以下、中略・・・
以上
また、実際、医学診断の定義に当てはまらない体験でも、個人差はありますが、その人にとって強い衝撃を受ける体験は、心理的にも身体的にも苦しみを伴うストレス反応を生じさせます。
そして、その苦しみが続くことで個人的な日常生活・社会生活に継続的に支障が生じることもよくあります。
1990年代後半、アメリカのある医師の気づきから、米国疾病予防管理センター等によるACEs(逆境的小児期体験)研究が進み、子供時代のトラウマ体験(虐待・ネグレクト・家庭内の機能不全経験等)が多いことと、成人期の健康問題(心疾患、糖尿病、うつ病、依存症など)に関連があるという結果が出ました。
このACEs研究も理論的基盤の一つとなって、トラウマは広範囲に有害で多大な損失をもたらす公衆衛生上の問題とする立場から、診断基準に該当しない人たちも含めた心理社会的支援の必要性が唱えられ、2000年に入ると、アメリカの物質乱用・精神衛生サービス局(SAMHSA)が、トラウマの影響を理解し考慮した支援を行う必要性を提唱し、日本でも昨今取り入れられつつあるトラウマインフォームドケア(TIC)の枠組みを作成しました。
SAMHSAは、その中で、トラウマ概念を次のように説明しています。
SAMHSAによるトラウマ概念「個々のトラウマは、出来事(Event)や状況の組み合わせの結果として生じます。それは身体的または感情的に有害であるか、または生命を脅かすものとして体験(Experience)され、個人の機能的および精神的、身体的、社会的、感情的またはスピリチュアルな幸福に、長期的な影響(Effect)を与えます。」
現在、国内のトラウマ治療を行う専門家の間では、DSMの基準による定義を狭義のトラウマ体験、SAMHSAによる概念を広義のトラウマ体験と説明するようになってきています。
こうした専門的な定義や概念が完全一致しない背景の一つとして、医療や福祉、司法など、それぞれ当事者の利害に関係する医療制度や社会制度の適用範囲にも影響を与えるからです。したがって、専門家は、それぞれ関係領域の立場から、定義と概念にそった診断・評価が求められます。
しかし、一方で、当事者を目の前にして、トラウマの定義や概念に基づいて、トラウマかどうか特定するための議論になると、実際に辛い思いをしている当事者を置き去りにしてしまうこともよくあり、それが後述する二次受傷につながることもあります。
カウンセラーとしての私見では、「裏切り体験」による強度のショック体験は、様々な喪失体験をともなうことが多く、当事者の周囲の人たちの理解の度合いや、置かれている生活環境の違いで、継続的に影響を受け続け、トラウマになっている場合が多いと実感しています。
専門的なトラウマの定義と概念は大切ですが、ショック体験・トラウマ体験をした人の身近な周囲の人たちは、専門家として関わるのではなく、一緒にプライベートの生活や仕事などの社会生活を共にする人たちとして関わるので、専門的にトラウマなのかどうかを評価することが役立つこともありますが、まずは不調になっている目の前の当事者が少しでも早く不調から抜け出し、いつもの日常生活ができるようになってほしいと思う方が優先するのではと思いますので、そのためにトラウマの基本的知識を活かしてほしいと思います。
トラウマ体験
例えば、次のような出来事がトラウマ体験になります。
- 自然災害(地震、火災、台風、洪水、火山の噴火など)
- 社会的不安(戦争、紛争、暴動、迫害の経験、テロ事件など)
- 生命の危機(暴力、虐待、犯罪被害、性的暴力、DV、事故、誘拐、人質、深刻な病気や手術の経験など)
- 喪失体験(家族や友人との離別・死、離婚、流産、ペットとの離別・死、大切なものを失う)
トラウマ反応
トラウマ反応とは、危機的な出来事を体験した時に、心身を守るたに生じる急性のストレス反応です。
したがって、危機的な状況では、どんな人にも生じる正常なストレス反応です。
このストレス反応が一定期間経過しても解消せず、脳と心と身体にその影響が残って、その残った影響で出てくる反応もトラウマ反応です。
専門的には、トラウマ反応は時系列で次のように整理されています。
(1)出来事直後の衝撃期(数時間から48時間)
(2)急性期(数日から数ヶ月)
(3)慢性期(数ヶ月から年単位)
(1)出来事直後の衝撃期(数時間から48時間)のトラウマ反応
心身の安全が脅かされるようなトラウマ体験をすると、脳の警戒システムが発動して、ストレスホルモンが分泌され、交感神経の働きが強まり、血圧は上昇し、心拍数も増加し、呼吸が浅くなります。この生理学的ストレス反応と遭遇している危機的状況により、その対処のために次の3つの防衛反応が生じます。こうした一連のストレス反応が、トラウマティックストレス反応になります。
Fight(闘争)反応
危機に立ち向かい、脅威を与えるものや状況、人を攻撃し、打ち負かすことで現状を打破しようとする反応
Flight(逃走)反応
危険な状況から逃げ出すことで、命や心身を守ろうとする反応
Freeze(すくむ・凍りつき)反応
あまりの恐怖に立ちすくみ、闘うことも逃げることもできず、凍りついたように動けなくなってしまう反応
*Freeze(すくむ・凍りつき)は、動けなくなるので防衛にならないと思われますが、これは脳幹レベルの生理学的な反応で、野生動物の擬似死の名残と理解されています。
この3つに伴い、恐怖・怒り・戦慄など様々な否定的感情を体験したり、逆に感情や感覚が麻痺したりします。思考が混乱したり、信じられない、現実として受け止められない等の体験もします。身体的には、動悸、冷や汗、顔面蒼白、手足が冷たくなるなどの反応が出てきます。また、声が出なくなることや、言動がまとまらなくなったり、パニックになったりもします。
こうした反応は、全て、危機的状況における正常な反応です。
(2)急性期(数日から数ヶ月)
急性期に起こるトラウマ反応は、急性ストレス反応とも呼ばれます。
この時期の反応も、心身が危機的状況に適応しようとする正常な反応です。
この時期、トラウマ体験の記憶が当時の恐怖や無力感とともに、自分の意志とは無関係に思い出され、まだトラウマ体験が続いているような現実感が生じたりします。
この反応をある程度繰り返して、不調を体験しながら、その都度、守られていている、危機は去った、もう大丈夫など、安心・安全を感じられる日々を過ごしていくなかで、脳の緊急警戒体制が緩み、日常の状態に回復していきます。
この時期のストレス反応には次のようなものがります
身体的な反応(自律神経系の変化)
交感神経が活性化しやすい状態がしばらく続くことが多く、日常生活の中で感じるストレスでも、例えば次のような反応や状態(症状)が現れます。
- ドキドキする、動悸が激しくなる(心拍数の増加)
- 浅く早い呼吸、息苦しさ、過呼吸(呼吸の変化)
- 肩こり、頭痛、体のこわばり(筋肉の緊張)
- 吐き気、下痢、胃痛、食欲不振(消化器系の不調)
- 発汗・冷や汗・手足が冷たくなる、汗をかきやすくなる
- めまい・ふらつき(血圧の変動による)
- 手の震え(アドレナリンの分泌等)
感情的な反応
脳の警戒システムの感度が高い状態が続き、急性ストレス反応が生じやす状態が続くので、その影響で、強い感情の変化が起こりやすくなります。
- 「また同じことが起こるかも」と感じる(強い不安や恐怖)
- 強い動悸や息苦しさ、死の恐怖(パニック発作)
- 突然怒りっぽくなる、攻撃的になる(怒りや苛立ち)
- 何も考えられなくなる、ぼーっとする(無気力・放心状態)
- 涙が止まらない(感情が制御できなくなる)
- 周囲の音や動きに敏感になる(過度の警戒心)
認知・思考の変化
脳がストレスを処理しようとすることを優先するため、思考にも影響が出ます。
- 簡単なことでも決められない(混乱・判断力の低下)
- ぼんやりする、仕事や会話が頭に入らない(集中力の低下)
- トラウマの詳細を思い出せない、出来事の一部を忘れる(記憶の一時的な喪失)
- 出来事がスローモーションのように感じる、逆に一瞬のように感じる(時間の感覚の変化)
- 自分が自分でないような感覚、現実がぼやける(現実感の喪失(解離症状))
- 自責の念が強まり、自己評価が低くなる(自己否定感の強化)
行動の変化
心身が危機的状況に適応しようと、普段とは違う行動が見られることがあります。
- 人との接触を避ける、外出をしなくなる(逃避・回避行動)
- 普段しない行動を突然取る、大声を出す(過活動・衝動的行動)
- 何をするのも面倒になる、動くのが遅くなる(無気力・動作の遅延)
- 飲酒・喫煙・過食・自傷行為が増える(自己破壊的行動)
睡眠・食欲の変化
自律神経やホルモンバランスが乱れることが多く、睡眠や食欲にも影響を与えます。
- 寝つきが悪い、途中で何度も目が覚める、トラウマの夢を見る(不眠・悪夢)
- 逆に寝すぎる、現実逃避としての睡眠(過眠)
- 食べる気がしない、消化不良(食欲不振)
- ストレス解消のために食べすぎる(過食)
社会的な反応
トラウマ体験の影響で、心身が危機的状況に適応しようとして、人との関わり方も変化します。
- 孤立する、コミュニケーションを避ける(他人と距離を取る)
- 「こんなことで相談するのは迷惑」と感じる(助けを求められない)
- 特定の人に強く頼る、離れたくなくなる(過度に依存する)
- ミスが増える、欠勤が増える(仕事や日常生活に影響が出る)
以上のように、急性期のストレス反応は、身体・感情・思考・行動・社会的側面に影響を及ぼすことがわかっています。通常は数日から数週間で落ち着くことが多いです。
しかし、この時期に、脳の緊急警戒体制が緩む方向ではなく、体験後の経過や環境要因(人的・物理的・社会的)によって、心配事やさらなる不安や恐怖が続いて、脳の警戒体制が必要な状況が続くと、日常的なストレスでも「闘争・逃走・すくむ」という3つのレベルのストレス反応が生じる状況が続き、生活に支障をきたす精神的・身体的な不調が引き起こされていきます。
したがって、1か月以上続く場合はPTSDなどの発症リスクがあるため、専門的なサポートが必要になることがあります。
なお、次のような場合は、様子をみるより、早い段階でカウンセリングや医療機関の受診をお勧めします。
• 強いフラッシュバックや悪夢が続く
• 日常生活に支障が出るほどの不安や恐怖・パニック
• 自傷行為や自殺願望が出てくる
• 周囲とまったく関われなくなる
(3)慢性期(数ヶ月から年単位)
急性期に脳の緊急警戒体制が緩む生活が続くと、ほぼ日常の状態に回復しています。
しかし、起こった出来事は変わらないなので、出来事に応じて、トラウマ体験から学ぶことがあれば、その影響で、体験前より気をつけることが増えたり、危機に対する感度が高まり、その状態を受け入れて慣れていくのに、人それぞれ異なりますが、数ヶ月から数年を必要とします。
一方、急性期に、脳の緊急警戒体制が緩む方向ではない生活が続いていると、一部のトラウマ反応が残って定着していきます。
その影響で、不安や恐怖、緊張などを自分でコントロールするのが難しくなり、自分への信頼感や自己効力感を感じられなくなるなどして、人間関係が難しくなる問題が生じたり、能力があっても社会生活をしていくのが難しくなったりします。
そして、PTSDに加えて、うつ病、不安障害(パニック障害含む)、恐怖症、身体化障害、アルコール・薬物使用障害など、カウンセリングや治療など専門的なサポートが必要な精神的疾患が生じるとされています。
カウンセラーとしての私見は、トラウマ反応が残っていても、診断基準に該当しないレベルの反応だと、治療機関に行っても診断名がつかないケースも多くあります。
トラウマになった場合のトラウマ反応
急性期のトラウマ反応が残る他、次のようなトラウマ反応があります
フラッシュバック(侵入=再体験)
何かのきっかけ(トリガー)で、トラウマ体験時の情景や身体感覚・反応、感情。気分(落ち込み)が、自分の意思とは関係なく、突然、思い出され、リアルに再体験する
「もうこのまま自分は死んでしまう」「どうすることもできない」状況に直面して強い恐怖や無力感を体験した後で、その記憶が何度も思い出され、その場に連れ戻されたように感じ、その時と同じ感情がよみがえることがある
感情のフラッシュバック
トラウマ体験時の情景を視覚的には思い出さないが、身体感覚・反応、感情。気分(落ち込み)が一連の体験として再現される。
回避・麻痺・トリガーの回避
現実感がなくなって感情が麻痺したり、自分の体験を遠い出来事のように思ったり、事件を思い出させるものに近寄れなくなったり
フラッシュバックをもたらすきっかけを避けようとする
認知・気分の陰性変化
慢性的な抑うつ気分と不安感、気分がよく変動する、感情麻痺、自責、孤立感など
否定的自己認識、他者への不信、トラウマ記憶の消去、罪悪感、思考や認知の柔軟性が失われ、特定の考え方や信念に固執してしまうようになる(認知硬直感)
持続的で過剰に否定的な信念を持つようになったり、様々なことに関心や興味を持てなくなったり、以前は楽しめていたことが楽しめなくなったり、他者から孤立していると感じたり、幸福感や優しさなどの感情が持てなくなったりすることもあります
過覚醒・覚醒亢進
どきどきしたり、物音に驚きやすくなったり、怒りっぽくなったりする
突然の怒り爆発、記憶障害(解離性健忘)、離人感、現実感の消失、人格が豹変するなど
トラウマの再演
トラウマ体験を行動、感情、関係性において再現しょうとする
トラウマ体験をした人に役立つ関わり方
トラウマ体験をした人に役立つ関わり方は、トラウマ反応を理解したうえで、急性期のトラウマ反応が定着しないように、急性期にご本人の脳の警戒状態が日常モードに切り替わって回復していくプロセスの支えになる接し方を心がけることです。
具体的には、ご本人がトラウマ反応で苦しい辛い思いをしなが生活している環境で、現実的な生活で、安全を確保し、安心を感じられる関わりをしていくことです。
出来事直後の衝撃期と急性期
この時期、最も重要で大切なのは、安全の確保と安心感を感じられることです。
トラウマ体験をした人が安心して過ごせる環境を整えることです。
それは安全ないつもの環境かもしれないし、起こった出事によっては安全な場所を確保し保護することかもしれません。
トラウマ体験をした人は、トラウマティックストレス反応の影響で、日常に戻っても無意識のうちに常に警戒し、危険を察知しようとする傾向が強くなります。
そのため、心身ともに「安全」だと感じられる状況をつくることが脳の警戒体制を解いていくためにも大切になります。
それと同時に、ストレス反応の影響で、日常的に出来ていたことが困難になったり、思考がはっきりしなかったり、判断力が低下して決めることが難しくなり、いつもより曖昧になることが増えます。
これもトラウマ反応なので、例えば、次のような現実的なことを手助けしたり、協力したりすることが、ご本人の回復に役立ちます。
安心・安全な状況をつくりだします。
- 安心できる現実的な環境を整える・提供する
- 急に大きな声を出さない、威圧的な態度をとらない。
- 予定やルールを明確に伝え、予測できる環境を提供する。
- 「大丈夫?」ではなく、「何かできることある?」と具体的に問いかける。
- 相手が嫌がる話題を無理に聞き出そうとしない。
- 無理に過去の出来事を話させるのではなく、話したいときに話せる雰囲気をつくる。
- 相手の「嫌だ」「やめて」という意思を尊重する。
- 相手の気持ちを否定せず、「それはつらかったね」と共感する。
- 急性期の感情的な反応には「あなたの感じ方は自然なことだよ」と伝える
- 感情を表現することができるアクティビティ(絵を描く、書く、音楽を聴く)を勧める。
トラウマ体験をした人に役立つ情報を提供する
- トラウマに関する適切な情報を伝えることも、トラウマを経験した人の不安を軽減し、回復をサポートすることになります。
- カウンセリングや支援団体、医療機関、行政機関など、困っていることや支援が必要なことに関する情報を提供し、必要に応じて同行することも助けになります。
- 適切なセルフケアの方法を紹介する
本人の意向を尊重する
こうした全ての関わりで共通して大切なことは、次のような配慮で、トラウマ体験をした本人が自分の意思で行動できるように支えることが重要です。
- 必要な情報を提供し、選択肢を提示し、本人の意向を確認し、本人が決める機会を作る
- 何かを決める時や選択が必要な時、急かさず、安心して選べる環境を整え、決める・選ぶために十分な時間を確保する
- ご本人にとって必要なこと役立つことがわかっていても、強要せず、尊重する態度を大切に関わる
小括
繰り返しになりますが、衝撃期・急性期、いずれの時期も、トラウマ体験をした人を支えるには、相手の気持ちを尊重し、安全な環境を提供することが大切です。
適切な情報を伝え、選択を支援することが、回復の手助けになります。
無理に解決しようとせず、身近な人も周囲の人も、自分たちで無理なく出来ることを大切にして、不安だったりわからないことや、関係者だけでは難しいことは、専門的なサポートも活用しながら、ご本人のペースに寄り添い、心だけでなく、現実的なことに関して協力・サポートしていくことが何よりも役立つことが多いです。
また、身近な人や関係者も役立つ情報にアクセスし、カウンセラーや医師など専門家につながり、適切な関わり方についてコンサルテーションを受けることも役立ちます。
関わりたくないという人たちへ
ここまでのトラウマ基礎知識を前提にすると、次のような受け止め方と関わり方は、どの時期においても、安全・安心の確保には役立たないことを分かってもらえると思います。
「時間が解決するから大丈夫」、「そこまで傷つくことじゃないのに、本人が弱いから強くなるしかない」、「辛そうで大変そうだけど、本人にも落ち度があって責任があるから仕方がない」など、仕方がないという関わりや、あたかも何もなかったかのように接したり、本人の責任もあるから気にせず前を向いて頑張るよう励ます。
「トラウマだから早く病院に行った方がよい」と言ってすぐに病人扱いする。
そして何より、「あなたにも落ち度があったのでは?」という言葉は、トラウマ体験者本人をさらに追い詰めます。
上記のような関わりは、二次被害につながり、意図せず相手を不必要に警戒させたり、傷つけてしまうことがわかっています。
どんな状況であれ、トラウマ体験者本人の気持ちを尊重し、責任転嫁しないことが重要です。
トラウマ体験をした人との関わりを避けたいという人たち、関わりたくないという人たちも、このような関わりを避けることが重要です。
寄り添うまで意識しなくても、社会生活で日常的に求められる礼儀作法を踏まえた相手を尊重する関わり方と、それに資する言動を心がけるだけで、トラウマ体験をした人の安全・安心の確保に協力することになります。
二次被害とは何か?
二次被害とは、身近な人と周囲の人たちのトラウマとトラウマ体験の無理解や偏見による反応や対応、無理解と偏見による環境の中で、さらに傷つくことを指します。
二次被害は、トラウマの回復を大きく妨げるだけでなく、精神的な健康を悪化させる要因にもなることがわかっています。
具体的には、以下のような関わりや環境が挙げられます。
被害の否定や軽視
「それくらい大したことない」「忘れたほうがいい」などと、トラウマ体験を軽んじる言葉をかける。
責任転嫁
「あなたにも原因があったのでは?」と、トラウマ体験者本人が責められる。
支援の不足
身近にいる人や周囲の人たちから適切な協力やサポートを得られない、必要としているのにカウンセリングや法的支援・行政支援等を受けられない状況で孤立してしまう。
社会的な孤立
噂話や偏見によって、親族・友人との関係や職場やコミュニティで孤立する。
二次被害が引き起こす影響
二次被害は、トラウマ体験者本人にさらなる心理的・社会的ダメージをもたらします。具体的には、以下のような影響があります。
心理的影響
- 自責の念が強まり、自己肯定感・自己効力感が低下する。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が悪化する。
- 不安や抑うつが強まり、日常生活に支障をきたす。
社会的影響
- 信頼していた人との関係が悪化し、孤立感が増す。
- 学校や職場での適応が困難になり、社会的な活動が制限される。
- 必要な支援を受ける機会が失われ、回復が遅れる。
二次被害を防ぐために
二次被害を防ぐためには、繰り返しになりますが、トラウマについて基本的なことを理解し、安心・安全を感じられる日常的な関わりを大切にしていくことです。
特別なスキルは必要なく、社会生活で日常的に求められる礼儀作法を踏まえた相手を尊重する関わり方と、それに資する言動を心がけるだけで、二次被害を防ぎ、トラウマ体験をした人の安全・安心の確保に協力することになります。
一つだけ、これだけはという事があるとすれば、カウンセラーとしての私見として、特に大切なのは、トラウマ体験をしたことについて、その責任をトラウマ体験者本人に押し付けないことです。
「あなたにも落ち度があったのでは?」といった言葉は、トラウマ体験をしたご本人を追い詰めていきます。どんな状況であれ、トラウマ体験をした人の気持ちを尊重し、責任転嫁しないことが重要です。
慢性期
慢性期も衝撃期と急性期の関わり方と同様の関わり方が大切になります。
特に、慢性期に関しては、次のトラウマインフォームドケアの理解と関わり方が役立ちます。
トラウマインフォームドケア
トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care: TIC)とは、トラウマの影響を理解し、それを考慮した対応を行うケアのことを指します。
単なる心理的支援だけでなく、日常的な接し方や環境づくりにも配慮し、トラウマを経験した人が安心して回復できるような関わりであり、支援していくアプローチです
私見として、身近な人や周囲の人がトラウマインフォームドケアを意識した日常的な関わりをしていくために大切なことがあります。
それは、トラウマ反応を症状や障害としてみるのではなく、急性期のトラウマ反応の理解で示した、心身が危機的状況に適応しようとする正常な反応が解消せずに残った影響なので、「心身が危機的状況に適応しようと反応している、適応反応」であるという理解です。
身近な人や周囲の人が、本人に危害を加えようとしていない日常の関わりの中で、気づかずトリガーに触れてトラウマ反応が出ると、理由もなく一方的に怒られたり攻撃されている体験をしますが、過去のトラウマ体験の影響かも知れないと仮説を立てて、トラウマインフォームドケアを無理のない範囲で実践していくことです。
トラウマインフォームドケアの6つの基本原則
トラウマインフォームドケアを実践し、トラウマを受けた人々が回復しやすい環境を作るために6つの基本原則が挙げられています。
安全性(Safety)
トラウマを経験した人が身体的・心理的に安心できる環境を提供し、恐怖や不安を軽減することを重視する。
信頼性と透明性(Trustworthiness and Transparency)
一貫性のある対応と情報の透明性を保ち、信頼関係を築くことで安心感を与える。
ピアサポート(Peer Support)
同じような経験をした仲間同士が支え合うことで、回復の促進と孤立の防止を図る。
協働と相互性(Collaboration and Mutuality)
支援する側とされる側が対等な関係を築き、互いに尊重しながら回復のプロセスを進める。
エンパワメント、意見表明と選択(Empowerment, Voice, and Choice)
受け手が自らの回復過程に積極的に関与し、自分の選択を尊重されることで主体性を持つことができるようにする。
文化、歴史、ジェンダーに関する問題(Cultural, Historical, and Gender Issues)
支援を行う際に、文化的・歴史的背景やジェンダーの違いを理解し、多様性を尊重する姿勢を持つ。
トラウマインフォームドケアの実践方法
6つの基本原則を大切に日常生活の中でトラウマを抱えた人に配慮した関わりを実践していくためには、相手の行動や反応に対して理解を深め、信頼関係を築くことが重要とされています。
それを実践するために意識することが必要とされることが4つ挙げられており、4つのRと言われています。
これら4つのRを意識することで、日常生活の中でトラウマを抱えた人に配慮した関わりができるようになります。
相手の行動や反応に対して理解を深め、信頼関係を築くことが大切です。
Realize(気づく)
トラウマが人の行動や感情にどのような影響を与えるのかを理解することが重要です。
例えば、ストレスに敏感な人が過剰に反応する場合、それは過去のトラウマによるものかもしれません。
その背景を知ることで、相手の行動を批判せずに受け止め、適切に関わることができます。
Recognize(認識する)
トラウマの兆候や影響を見極めることが求められます。
日常生活では、急に感情的になる、回避的な態度を取る、過度に警戒するなどの行動が見られるかもしれません。
こうしたサインを理解することで、相手に配慮し、安心できる環境を作ることができます。
Respond(対応する)
トラウマの影響を受けた人に対して、適切な方法で関わることが大切です。
例えば、信頼関係を築くために一貫性のある対応を心がけたり、相手が安心できる空間を提供したりすることが挙げられます。
過去の経験に配慮しながら、相手の選択や意思を尊重する姿勢が求められます。
Resist Re-traumatization(再トラウマ化を防ぐ)
トラウマを抱える人が過去の経験を思い出して苦しむことがないように配慮することが大切です。
例えば、突然大きな声を出さない、無理に話をさせない、相手の境界を尊重するなどの工夫が必要です。
安全で安心できる環境を提供することで、相手の回復を支えることができます。
これら4つのRを意識することで、日常生活の中でトラウマを抱えた人に配慮した関わりができるようになります。相手の行動や反応に対して理解を深め、信頼関係を築くことが重要です。
最後に
トラウマを経験した人が安心して回復に向かうプロセスを大切にするために、身近な人、周囲の人たち、一人ひとりができることを考え、日常生活で出来る関わりをしていきましょう。
以上
参考文献
- 「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
- 「SAMHSAのトラウマ概念とトラウマインフォームドアプローチのための手引き(日本語版)」(大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター・兵庫こころのケアセンター訳)
- 「身体はトラウマを記録する」べッセル・ヴァン・デア・コーク(紀伊國屋書店)
- 「複雑性PTSDの理解と回復」アリエル・シュワルツ(金剛出版)
- 「トラウマインフォームドケア」野坂祐子(日本評論社)
- 「トラウマインフォームドケア」川野雅資(精神看護出版)
- 「ガスライティングという支配」アメリア・ケリー(日本評論社)
- 「ストレングスモデル」チャールズ・A・ラップ他(金剛出版)
- 「心的外傷と回復」ジュディス・L・ハーマン(みすず書房)
- 「真実と修復」ジュディス・L・ハーマン(みすず書房)
- 「生きる勇気と癒す力」エレン・バス他(三一書房)
- 「性暴力被害の心理支援」齋藤梓他(金剛出版)
- 「サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き第2版(日本語版)」アメリカ国立PTSDセンター(兵庫こころのケアセンター訳)
- 「サイコロジカル・リカバリー・スキル実施の手引き(日本語版)」アメリカ国立PTSDセンター(兵庫こころのケアセンター訳)
- 「サイコロジカル・ファーストエイド ジョンズホプキンス・ガイド」ジョージ・Sエヴァリー他(金剛出版)
- 「性暴力被害の心理支援」齋藤梓他(金剛出版)
各種カウンセリングご案内
Wrote this article この記事を書いた人
プロカウンセラー池内秀行
個人やカップル、家族や友人同士での心理カウンセリング・セラピーを提供しています。個人の生活や人間関係や家族関係、恋愛・夫婦関係などカップルの関係性の改善、仕事の悩みや問題の解決、感情的な悩み、自分自身のこと、ストレスによる身体症状、生きづらさ、トラウマの癒しなど、日頃のちょっとしたことから深刻なことまで、ご相談内容に応じたオーダーメイドのカウンセリングを提供しています。初めての方も安心してお越しいただける環境を心掛けています。お気軽にご連絡ください。